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■史上最強力士RANKING−INDEX■■■■■

雷電為右エ門 谷風梶之助 太刀山峰右エ門 栃木山守也 梅ヶ谷藤太郎(初代)
双葉山定次 大鵬幸喜 常陸山谷右エ門 稲妻雷五郎 陣幕久五郎
小野川喜三郎 北の湖敏満 千代の富士貢 大錦卯一郎 玉錦三右エ門
貴乃花光司 羽黒山政司 鬼面山谷五郎 栃錦清隆 若乃花幹士(初代)
 

■千代の富士貢■故障を克服し大横綱になったウルフ (RANKING 13位)
千代の富士 貢(ちよのふじ みつぐ)
本名・秋元貢〜出身地・北海道〜身長183cm、体重127kg
生没年月日・1955年6月1日−2016年7月31日
最高位・横綱
■コメント
千代の富士貢(ちよのふじ・みつぐ)は、優勝31回、53連勝などをした小さな大横綱です。

千代の富士貢は、「ウルフ」「大将」「小さな巨人」「小さな大横綱」などとよばれました。

晩成型の横綱で、30代過ぎから記録を大きく伸ばしました。

若い頃はケガ、特に肩の脱臼に悩まされ、激しいトレーニングなどで克服しましたが、ケガの多かった横綱でもあります。

ケガが多かった横綱でありながら数々の記録を作った横綱です。

国民栄誉賞、一代年寄(辞退)に輝いた横綱です。

優勝決定戦6戦全勝の勝負強さがありました。


□千代の富士貢を知るおすすめ作品

▼履歴
▽入門まで
千代の富士貢は、1955年6月1日に北海道で生まれます。

小さい頃から運動神経が抜群でしたが、相撲は好きではなく、中学では、陸上で活躍しました。

中学1年の時、盲腸炎で手術し、筋肉が分厚いため、手術に手間取り、麻酔が切れましたが、手術に耐え抜く秋元少年(後の千代の富士)に見所を感じ、それが九重親方(千代の山)に伝わり、勧誘されますが、本人や周囲も乗り気でなく断っています。


▽現役時代
それでも諦め切れない九重は、「飛行機に乗れる」と誘い、秋元少年を九重部屋に入門させます。

1970年9月に本名のまま初土俵を踏みます。

翌場所の同年11月序の口でに「大秋元」と改名、1971年1月にさらに「千代の富士」に改名します。

東京で転入した中学でも陸上で活躍、明治大学付属中野高校定時制に進学しますが、6ヵ月後に中途退学。

1974年11月に新十両。

異名の「ウルフ」については当初「オオカミ」といわれていました。

1975年9月に新入幕。

しかしこの場所は5勝10敗で十両に陥落。

度重なる左肩の脱臼で、長く十両などに低迷します。

1977年10月29日に九重(千代の山)が死去し、部屋は北の富士に継承されます。

197年頃から頭をつける相撲を身につけ、1978年1月に再入幕。(これまでは小兵に見合わぬ「大きな相撲」でした)

同年5月には大関・貴ノ花を破り、9勝6敗で敢闘賞。

同年7月には、大関の貴ノ花と旭国を破るも5勝10敗。

1979年3月に右肩の脱臼で途中休場し、熱心なトレーニングで肩の脱臼を克服します。

同年5月には予想通り十両に陥落するも、この場所に出場し、一旦休場から再出場し、9勝を挙げ、同年7月に再入幕します。

ここから幕内に定着するようになります。

肩の脱臼から強引な投げから前回しを取る相撲に変化し、1980年3月から幕内上位に定着します。

同年9月には小結で10勝5敗、同年11月には関脇で11勝4敗。

1981年1月には、関脇で初日から14連勝、千秋楽で1敗の北の湖に敗れたものの、北の湖との優勝決定戦に勝ちに勝ち、初優勝。

場所後の大関昇進を決めました。

翌場所から11勝4敗、13勝2敗で、横綱昇進のかかった翌場所は14勝1敗で2回目の優勝、場所後の横綱昇進を決めます。

「2代目・千代の山」も検討されましたが、今まで通り、千代の富士のままに・・・。

同年9月は新横綱で休場しますが、同年11月に、朝汐との優勝決定戦に勝ち、3回目の優勝。

この年は関脇・大関・横綱と千代の富士が目まぐるしく昇進し、「ウルフフィーバー」を巻き起こします。

1982年は3連覇や年間最多勝をしますが、周囲に助けられたとの評価もあり、1983年には2回の優勝、1984年にはわずか1回の優勝で、その評価は以後も変わらず、1985年には30歳となるため、限界説も出ました。

しかし、30代は千代の富士にとって「黄金の年代」で、1985年1月の両国国技館のこけら落としで全勝優勝するなど年間80勝で年間最多勝、1986年も年間最多勝、1986年5月から1987年1月まで5連覇。

1987年は優勝3回で、1988年は4連覇の優勝4回で、1988年5月の7日目から同年11月の14日目まで53連勝を記録します。

1988年11月の千秋楽に大乃国戦で53連勝がストップしたわけですが、これは昭和最後も取り組みでもありました。
(50連勝以上は、昭和以降では、双葉山(69連勝)、白鵬(63連勝)と千代の富士の3人だけ)

平成に変わり、1989年も4回の優勝をします。
1989年3月に14日目に優勝を決めますが、千秋楽はケガで休場(ただし不戦敗)。

同年6月には三女を幼くし亡くす不幸にあいますが、直後の同年7月は12勝3敗ながら、同部屋の北勝海との優勝決定戦に勝ち、優勝。

同年9月には通算勝ち星の新記録を達成し、同年9月28日に「国民栄誉賞」を受賞、協会は、一代年寄を決めますが、本人が辞退しています。

1990年1月に優勝を30回の大台に乗せます。

同年11月に31回目の優勝をしますが、これが千代の富士最後の優勝でした。

1991年1月の初日に幕内通算805勝(当時の1位)を挙げますが翌日の逆鉾戦後に休場、翌場所も休場。

同年5月の初日に新鋭・貴花田(後の横綱・貴乃花)に敗れ、翌日の板井戦に勝つも、「あと1敗したら引退」と決めた翌日の貴闘力戦に敗れ、「気力・体力の限界」で現役引退。

▽現役引退後
陣幕親方と自身が持っていた年寄・八角を交換し、陣幕を襲名します。

1992年1月後に引退相撲・断髪式。

▽現役引退後
1992年に九重(北の富士)と名跡変更し、九重部屋を継承。

しかし陣幕と対立。

八角(北勝海)が旧九重を(施設も含めて)継承し、九重は自宅を改装し、部屋を新設しました。

部屋でのいじめ問題で訴えられるが、告訴取り下げで和解へ。

角界の非主流派・高砂一門であることから協会での出世はままなりませんでしたが、2012年の理事改戦で最下位当選ながら、貴乃花とともに北の湖理事長就任に尽力した

論功行賞で事実上のNO.2である事業部長に。

2014年1月には病気療養の北の湖理事長に代わり、理事長代行を務める。

2014年の理事改選では落選。

角界の非主流派を感じました。

2015年6月1日に還暦を迎えるにあたり、前日の5月31日に「還暦土俵入り」を披露しました。

2015年11月20日に、北の湖理事長が死去し、その死を悼む。

2016年7月1日に死去。


▽力士として
優勝31回、53連勝など数々の記録を作った昭和の大横綱です。

礼儀を重んじ、土俵上の所作を美しかったです。

相手の頭を押さえつけての上手投げは「ウルフスペシャル」として知られています。


▽年間最多勝3回
優勝20回以上の力士で、年間最多勝3回はかなり少なく、これは千代の富士が年1場所のペースで休場していたためといわれます。


▽天敵
一時的な苦手(琴風、北天佑など)はあっても、ほとんど克服しましたが、隆の里だけは苦手・天敵だったようです。

他はライバルとなりえた可能性は、双羽黒でしょうか。
(千代の富士は双羽黒を「克服」していたかもしれません)


▽弟弟子・北勝海
北勝海とは、猛稽古でお互い切磋琢磨し、両者ともに存在を認めています。

千代の富士が「大将」と呼ばれるようになったのは、同部屋に横綱が二人誕生(千代の富士・北勝海)したから、区別するため、北勝海が提言しています。
「ワンランク上の横綱」だから「大将」のようです。


▽優勝決定戦
千代の富士は、優勝決定戦で6戦全勝であり、抜群の勝負強さを誇りました。

▽不死鳥
千代の富士は、休場も多かった横綱ですが、休場でピンチになっても休場明けに多くは優勝などの好成績を挙げ、「不死鳥」のようによみがえりました。


▽その他
千代の富士は、八百長相撲の疑惑がもたれた力士の一人だが、「ガチンコ(真剣勝負)に強いから相手も礼金のもらえる八百長に応じた」とされ、千代の富士のガチンコでの強さを物語るともいわれています。

「小さな大横綱」「昭和最後の大横綱」千代の富士貢の戦いの軌跡を収録した大相撲名力士風雲録2−月刊DVDマガジン 千代の富士

いうまでもなく、優勝31回、53連勝などの大横綱

優勝決定戦6戦全勝の勝負強さが光ります。

史上初めて1000勝以上(1045勝)した千代の富士貢が1045勝への道を語った不撓不屈ー1045勝への道のり

苦難に負けず歩んだ栄光の軌跡。


▼ライバル
千代の富士のライバルというか「苦手」・「天敵」の隆の里俊英を挙げます。
(対戦成績は千代の富士から見たものです)

隆の里俊英
青森県出身、身長183cm、体重159kg
幕内通算成績 58場所 464勝313敗80休 勝率5割9分7厘 優勝4回 殊勲賞2回、敢闘賞5回 金星2個
最高位・横綱

おしん横綱といわれた晩成型の横綱です。
糖尿病と戦い、漢方薬に詳しいことから「漢方薬博士」とも・・・。
全盛期は非常に短かったですが、「千代の富士キラー」で最強だったことも・・・。
全盛期が短かったことが惜しまれます。

対戦成績12勝16敗
●○○●●○●○○○●●●●●●●●○○○●●○●●○○
(上の対戦成績は本場所の本割でのもの、優勝決定戦での対戦はなし)


千代の富士のライバルとなりえた双羽黒光司を挙げます。
(対戦成績は千代の富士から見たものです)

双羽黒光司
三重県出身、身長199cm、体重155kg
幕内通算成績 20場所 197勝87敗16休 勝率6割9分4厘 殊勲賞5回、技能賞2回、金星3個
最高位・横綱

パソコンが趣味で甘えて育てられた現代っ子
恵まれた体格と弱い精神力といわれました
千代の富士とも好勝負をした若き才能が廃業で惜しまれます

対戦成績8勝6敗
○●●●○○●○●○○●○○
(上の対戦成績は本場所の本割でのもの、他に優勝決定戦が千代の富士の2勝)

□千代の富士貢を知るおすすめ作品

■幕内通算成績
場所 番付 成績 星取表 優勝 備考
昭和50(1975)年9月 東前12 5勝10敗 ●○○○●●○●○●●●●●●    
           
昭和53(1978)年1月 東前12 8勝7敗 ●●○●○●○●○●○○●○○    
昭和53(1978)年3月 東前8 8勝7敗 ○○○●●○○○○●○○●●○    
昭和53(1978)年5月  東前5 9勝6敗 ○○○○○○○○●○○○○○●  
昭和53(1978)年7月 西小結 5勝10敗 ●○●○○●●●○●●●○●●    
昭和53(1978)年9月 東前4 4勝11敗 ○●●●●●●●●○●●○●○    
昭和53(1978)年11月 西前10 9勝6敗 ●○○○○●○●○○○●●●○  
昭和54(1979)年1月 東前4 5勝10敗 ○●○○●●●●●●●○●●○    
昭和54(1979)年3月 西前8 2勝6敗7休 ○●●●○●●■休休休休休休休    
           
昭和54(1979)年7月 西前14 8勝7敗 ○○○●○●●●○●●○●○○    
昭和54(1979)年9月 東前10 8勝7敗 ○●○○○○●●○●○○●●●     
昭和54(1979)年11月 東前7 7勝8敗 ○●●●○○○●●●○○●●○    
昭和55(1980)年1月 東前8 8勝7敗 ○○●○●○●○○○○○●●●    
昭和55(1980)年3月 東前3 8勝7敗 ○○○●●○○○○○○●●○●   技、金2
昭和55(1980)年5月 西小結 6勝9敗 ●●○○○●●●●●○○●●○    
昭和55(1980)年7月 西前2 9勝6敗 ○●●●○○○●○○●○●○○   技、金
昭和55(1980)年9月 東小結 10勝5敗 ●●○○○○○●○○●○○●○  
昭和55(1980)年11月 東関脇 11勝4敗 ○○○○○○○○●○●●○●○  
昭和56(1981)年1月 東関脇 14勝1敗 ○○○○○○○○○○○○○○● 決、殊技
昭和56(1981)年3月 東大関 11勝4敗 ●○○○○●○○●○○○○○●    
昭和56(1981)年5月 東大関 13勝2敗 ○○○○●○○○○○○○○○●    
昭和56(1981)年7月 東大関 14勝1敗 ●○○○○○○○○○○○○○○  
昭和56(1981)年9月 西横大 1勝2敗12休 ○●■休休休休休休休休休休休休    
昭和56(1981)年11月 東張横 12勝3敗 ○○○●○○○○○○○○●●○
昭和57(1982)年1月 東横綱 12勝3敗 ○○○○○○○○●○○●○○●    
昭和57(1982)年3月 西横綱 13勝2敗 ○○○○○○○○○○○○●●○  
昭和57(1982)年5月 東横綱 13勝2敗 ○●○○○○○○○○○○●○○
昭和57(1982)年7月 東横綱 12勝3敗 ○○○○○○○○○○○●○●●  
昭和57(1982)年9月 東横綱 10勝5敗 ○●○●○○○○○●●●○○○    
昭和57(1982)年11月 東横綱 14勝1敗 ●○○○○○○○○○○○○○○  
昭和58(1983)年1月 東横綱 12勝3敗 ○○○○○○○○○○●●○●○    
昭和58(1983)年3月 東横綱 15勝 ○○○○○○○○○○○○○○○  
昭和58(1983)年5月 東横綱 15休 休休休休休休休休休休休休休休休    
昭和58(1983)年7月 東横綱 13勝2敗 ○○○○○○○○●○○○○○●    
昭和58(1983)年9月 東横綱 14勝1敗 ○○○○○○○○○○○○○○●    
昭和58(1983)年11月 西横綱 14勝1敗 ●○○○○○○○○○○○○○○  
昭和59(1984)年1月 東横綱 12勝3敗 ○○○○○○●○●○○○○○●    
昭和59(1984)年3月 西横綱 4勝4敗7休 ○○○●●○●■休休休休休休休    
昭和59(1984)年5月 東張横 14勝1敗 ○○○○○○○○●○○●●●○    
昭和59(1984)年7月 東張横 15休 休休休休休休休休休休休休休休休    
昭和59(1984)年9月 東張横 10勝5敗 ○○○○○●○○●○○●●●○    
昭和59(1984)年11月 西横綱 14勝1敗 ○○○○○○○○○○○●○○○ 10  
昭和60(1985)年1月 東横綱 15勝 ○○○○○○○○○○○○○○○ 11  
昭和60(1985)年3月 東横綱 11勝4敗 ○○○○●○○●○○○○●●○    
昭和60(1985)年5月 東横綱 14勝1敗 ○○○○○○○○○○○○○●○ 12  
昭和60(1985)年7月 東横綱 11勝4敗 ○●○○●○○○○○○○●●○    
昭和60(1985)年9月 東横綱 15勝 ○○○○○○○○○○○○○○○ 13  
昭和60(1985)年11月 東横綱 14勝1敗 ○○○●○○○○○○○○○○○ 14  
昭和61(1986)年1月 東横綱 13勝2敗 ○○○○○○○○○●○○●○○ 15  
昭和61(1986)年3月 東横綱 1勝2敗12休 ○●■休休休休休休休休休休休休    
昭和61(1986)年5月 東横綱 13勝2敗 ○○○○○○○●○○○○○●○ 16  
昭和61(1986)年7月 東横綱 14勝1敗 ○○○○○○○○○○○○○○● 17
昭和61(1986)年9月 東横綱 14勝1敗 ○○○●○○○○○○○○○○○ 18  
昭和61(1986)年11月 東横綱 13勝2敗 ○○○●○○○○○○●○○○○ 19  
昭和62(1987)年1月 東横綱 12勝3敗 ○○○○○●●○○○○○○○● 20
昭和62(1987)年3月 東横綱 11勝4敗 ○○○○●○●●○○○●○○○    
昭和62(1987)年5月 東横綱 10勝5敗 ○○●○○○○○○○○●●●●    
昭和62(1987)年7月 東横綱 14勝1敗 ○○○○○○○○○○○○○●○ 21  
昭和62(1987)年9月 東横綱 9勝2敗4休 ○○○○○●○○○○■休休休休    
昭和62(1987)年11月 東張横 15勝 ○○○○○○○○○○○○○○○ 22  
昭和63(1988)年1月 東横綱 12勝3敗 ○○○○○○●○○○○○○●●    
昭和63(1988)年3月 東横綱 15休 休休休休休休休休休休休休休休休    
昭和63(1988)年5月 東張横 14勝1敗 ○○○○□●○○○○○○○○○ 23  
昭和63(1988)年7月 東横綱 15勝 ○○○○○○○○○○○○○○○ 24  
昭和63(1988)年9月 東横綱 15勝 ○○○○○○○○○○○○○○○ 25  
昭和63(1988)年11月 東横綱 14勝1敗 ○○○○○○○○○○○○○○● 26  
平成元(1989)年1月 東横綱 11勝4敗 ○○○○○○○●●○○□●●○    
平成元(1989)年3月 西横綱 14勝1敗 ○○○○○○○○○○○○○○■ 27   
平成元(1989)年5月 東横綱 15休  休休休休休休休休休休休休休休休    
平成元(1989)年7月 東張横 12勝3敗 ○○○○○○○●●○○○○○● 28
平成元(1989)年9月 西横綱 15勝  ○○○○○○○○○○○○○○○ 29  
平成元(1989)年11月 東横綱 13勝2敗  ○○○○○●○○○○○○●○○    
平成2(1990)年1月 東横綱 14勝1敗  ○○○○○○○○○○○○○●○ 30  
平成2(1990)年3月 東横綱  10勝5敗 ○○○○○●○●○○○●●○●    
平成2(1990)年5月 西横綱 13勝2敗 ○○○○○○●○○○○○○●○    
平成2(1990)年7月 東横綱 12勝3敗 ○○○○○●○●○○○○○○●    
平成2(1990)年9月 東横綱 15休 休休休休休休休休休休休休休休休    
平成2(1990)年11月 東張横 13勝2敗 ○○○○○○○○○○○○●○● 31  
平成3(1991)年1月 東横綱 2勝1敗12休 ○○■休休休休休休休休休休休休    
平成3(1991)年3月 西張横 15休 休休休休休休休休休休休休休休休    
平成3(1991)年5月 西張横 1勝3敗  ●○●■    
 幕内通算成績 81場所 807勝253敗144休 勝率7割6分1厘 優勝31回
 殊勲賞1回、敢闘賞1回、技能賞5回、金星3個


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