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岡部幸雄
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■岡部幸雄■

岡部幸雄 千葉県船橋市出身
生没年月日・1948年10月31日−
所属団体・日本中央競馬会(JRA)・・・中山競馬場→美浦トレーニングセンター
所属厩舎・鈴木清→フリー
騎手通算成績・18646戦2943勝(中央競馬のみ) 勝率0.158 連対率0.289
主な勝利・オークス3回、皐月賞3回、日本ダービー1回、菊花賞3回、天皇賞・春4回、天皇賞・秋2回、ジャパンカップ2回、有馬記念3回など
重賞勝利・171勝
■コメント
■岡部幸雄(名手、馬優先主義、フリーの先駆け)

シンボリルドルフとのコンビでクラシック3冠(皐月賞・日本ダービー・菊花賞)、天皇賞・春、ジャパンカップ、有馬記念2回(連覇)のいわゆる「7冠」を達成しています。

馬事公苑「花の15期生」(同期には福永洋一柴田政人らがいる)の一人で、1962年3月にデビューすると、2年目の1968年に初重賞、3年目の1969年には関東リーディング2位、1971年にオークス制覇とデビュー当初から活躍・・・
1984年には、シンボリルドルフで中央競馬史上4人目のクラシック3冠(皐月賞・日本ダービー・菊花賞)を達成・・・
引退するまでに全国リーディング2回(1987年・1991年)、関東リーディング11回を獲得・・・
1995年に中央競馬の騎手通算最多勝となり、引退する2005年まで最多勝記録を更新し続け、2007年7月まで中央競馬の騎手通算最多勝を保持し続けました。
競馬ファンなどからは「名手」といわれ、アメリカ競馬に感化され、「馬優先主義」を持ち込み、特定の厩舎や馬主にしばられないフリーの先駆けとしても知られます。

岡部幸雄を知るおすすめ作品

■履歴
▼少年時代
1948年に群馬県で生まれ、中学生時代には騎手を目指すようになり、中学3年の秋に馬事公苑の騎手養成所に合格します。

▼馬事公苑時代
1964年4月に馬事公苑の騎手養成所に入学・・・

同期には福永洋一、柴田政人らがおり、「花の15期生」といわれました。

馬事公苑では、コネなどがない中で自身の努力・才能もあり、なかなか優秀な成績を挙げました。

▼騎手時代
・下積み時代
1967年に、鈴木清厩舎所属騎手としてデビューすると、厳しい上下関係の中で騎乗技術を磨きます。

当初は同じ厩舎の先輩騎手で主戦騎手の高橋英夫が目標だったそうです。

・日本国外へ遠征
岡部は、1971年の年末にアメリカを訪れ、アメリカ競馬の素晴らしさに感化されます。

以後は、海外へ積極的に遠征します。

1985年に西ドイツ(現・ドイツ)で日本国外での競馬の初勝利・・・同年8月にアメリカでの初勝利・・・

1994年にマカオダービーで勝利し、日本人騎手では初の日本国外ダービー勝利・・・

1998年にはタイキシャトルでジャック・ル・マロワ賞に勝利し、日本国外初の国際GT勝利・・・

岡部の積極的な海外遠征は、国際化への先駆けとなり、後の騎手ら(例えば武豊騎手など)に大きな影響を与えます。

アメリカの騎乗技術を積極的に学び、アメリカのトップ・ジョッキーであるクリス・マッキャロンから送られた言葉「Take it easy](気楽にいこうぜ)は、岡部の座右の銘となりました。

・シンボリルドルフとの出会い
1984年に岡部幸雄は、シンボリルドルフでクラシック3冠を達成・・・

シンボリルドルフという完璧に近い競走馬との出会いで岡部は騎乗技術が更に磨かれたといわれます。

ディープインパクトとの比較でも、ディープインパクトの能力の高さを認めつつ、欠点の少なさにおいてシンボルルドルフの方が上だとしています。

・フリーの先駆け
1984年10月に、フリーとなった岡部は、トップ・ジョッキーのフリーを一般化させ、フリーの先駆けとなりました。

・騎手生活最大の落馬事故
1988年6月25日に岡部は落馬事故に見舞われます。

これが、岡部の騎手生活最大の試練だったといいます。

精神的にも肉体的にもかなり追い込まれたようですね。

・トップ・ジョッキーとして
岡部は2年目には関東リーディング6位となり、1976年に関東リーディング、1987年に初の全国リーディングになるなどトップ・ジョッキーの地位を維持し続けました。

・晩年
晩年も変わらぬ優れた騎乗技術を見せましたが、左膝の痛みに悩まされました。

・騎手引退
2005年から自身のイメージ通りの騎乗ができなくなり、同年2月20日に騎手の引退を決意します。

同年3月20日に引退セレモニーが行われました。

▼騎手引退後
騎手引退後は調教師などにならず、「JRAアドバイザー」としてフリーの立場で競馬評論などをしています。

私生活では、家族を最も大事にし、現役時代はできなかったスキューバダイビングやサーフィンなどの趣味をしています。

しがらみなどを嫌い、競馬とは関係ない女性と結婚しました。

■中山競馬場所属出身
いわゆる中山競馬場所属(1967年〜1978年)出身者で、柴田政人騎手なども中山競馬場所属出身で、騎乗技術が確かなだけでなく、フェアプレーでも知られています。
これは、騎乗技術が確かでフェアプレーで知られる野平祐二が中山競馬場所属を指導していたからともいわれます。

■馬優先主義
「馬優先主義」で、馬に負担の少ないソフトな乗り方をします。

この点は同じ名手でも「剛腕」タイプだった柴田政人と対照的です。

■競馬関係者の評価
馬に負担をかけない乗り方は多くの騎手や調教師さらには馬主・生産者などから評価されています。

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■年度別成績(中央競馬のみ)
年  勝利数 勝率 連対率  主な勝利
1967 15 .075 .201  
1968 54 .110 .248  
1969 72 .133 .282  
1970 28 .066 .176  
1971 43 .109 .201 オークス
1972 36 .110 .242  
1973 31 .082 .224  
1974 37 .101 .188  
1975 44 .126 .243  
1976 63 .145 .268  
1977 58 .133 .267  
1978 62 .158 .263 天皇賞・春
1979 55 .142 .268  
1980  48 .123 .246 オークス
1981 66 .134 .273  
1982 46 .104 .218  
1983 86 .162 .305 オークス
1984 78 .143 .279 3冠(皐月賞・日本ダービー・菊花賞)、有馬記念
1985 76 .144 .266 天皇賞・春、ジャパンカップ、有馬記念
1986 101 .184 .338 皐月賞、天皇賞・春
1987 138 .190 .331  
1988 85 .197 .360 有馬記念
1989 94 .204 .350  
1990 105 .184 .348 天皇賞・秋
1991 128 .209 .372 菊花賞
1992 129 .227 .353 ジャパンカップ
1993 114 .230 .370 菊花賞
1994 121 .202 .345 天皇賞・春
1995 121 .209 .343 皐月賞
1996 136 .211 .365  
1997 124 .211 .328  
1998 100 .168 .307  
1999 97 .164 .276  
2000 103 .149 .268  
2001 101 .158 .263  
2002 85 .144 .283 天皇賞・秋
2003 騎乗なし  
2004 60 .105 .210  
2005 .032 .116  
2943 .158 .289  
(注)数字の太字は全国リーディング

■地方競馬・日本国外の成績
地方通算136戦25勝

日本国外通算133戦13勝(アメリカ5勝、ドイツ2勝、イギリス、アイルランド、フランス、ドバイ、マカオ、ブラジル各1勝)


※中央競馬・地方競馬・日本国外を合わせると・・・通算18915戦2981勝



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