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武邦彦
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■武邦彦■
武邦彦(たけ・くにひこ) 京都府京都氏出身(出征は北海道函館市
生没年月日・1938年10月20日−2016年8月12日
所属団体・日本中央競馬会
所属厩舎・武平三・京都→戸山為夫・京都→武田作十郎・栗東→フリ・栗東
騎手通算成績・7679戦1163勝 勝率0.151 連対率0.278
主な勝利・桜花賞2回、皐月賞1回、日本ダービー1回、菊花賞3回、、有馬記念1回
重賞勝利・80勝
■コメント
■武邦彦(名人、ターフの魔術師)
 
■概要

武邦彦は、JRA最多勝騎手・武豊の父・・・

JRA騎手の幸四郎は、邦彦の子で、豊の弟・・・

名人、ターフの魔術師といわれ、関係者やファンからは,「タケクニ」「邦ちゃん」の愛称で親しまれた・・・

騎手時代に、7679戦1163勝、重賞80勝(うち八大競走8勝)を挙げ、現役引退後、調教師に・・・



■履歴
□騎手になるまで

1938年、函館に生まれろ・・・

祖先も競馬関係者の重鎮、中2で京都に移り、騎手見習いをし、1度騎手試験に落ちたが、1957年の19歳で騎手になる・・・
この時高校を卒業しており、高卒で騎手に・・・



□騎手時代

1957年3月に騎手デビュー・・・

初年度は8勝、2年目は15勝、3年目に初重賞勝利し、この年39勝、以後、20勝半ばの安定した中堅騎手となり、1963年に35勝で9位になると、1971年まで全国10位以内・・・

1965年に東京競馬場で、当時のトップジョッキーの野平祐二保田隆芳に触れ、乗り方がどんどん変わっていったという・・・

この間、重賞に勝利するものの、八大競走に勝てず「競馬界の七不思議」といわれた・・・

しかし、1972年にアチーブスターで桜花賞を制し、ロングエースで日本ダービーを制し、八大教祖yの常連に・・・

1973年にタケホープで、菊花賞を制すると、1974年にタカエノカオリで桜花賞、キタノカチドキで皐月賞、菊花賞を制す・・・

1976年はトウショウボーイで有馬記念制覇、1977年にトウショウボーイは有馬記念でテンポイントに敗れ2着も中央競馬の名勝負で知ら得れる・・・

邦彦は、騎乗した最強馬にっトウショウボーイを挙げている・・・

同年は香港の騎手招待競走にも参戦・・・

インターグシケンで菊花賞制覇、当時の同レース3勝で保田隆芳と並ぶ最多勝タイ記録・・・

1980年1月7日に、史上5人目・関西所属騎手では初の通算1000勝達成・・・

1984年に調教師免許を取得し、1085年2月24日に現役引退・・・

円熟期が「天才」福永洋一の台頭と重なり、全国2位は、二度(いずれも1位は福永)あるものの、リーディングジョッキー獲得はならなかった・・・



□調教師時代

1987年に調教師デビュー・・・

1959年のバンブーメモリーで安田記念制覇・・・

初重賞勝ちがG1で、バンブーメモリーは、三男・豊が騎乗で1990年のスプリンターズステースなどを制している・・・

1997年のオースミタイクーンのマイラーズカップ制覇は四男・幸四郎のデビュー2日目の初勝利であり、重賞初制覇・・・

さらに、2005年のエイシンテンダーで幸四郎がチューリップ賞を制した際は、幸四郎の通算400勝達成・・・

2009年2月28日に定年で調教師引退・・・

最後の勝利は、幸四郎騎乗のエーシンウォーマンだった・・・

4193戦375勝、重賞18勝(うちG1.3勝)・・・


□調教師以後

引退後は、競馬評論家・解説者・・・

2016年8月12日死去、77死没・・・



■騎手としての特徴


邦彦は、騎手としては上背があったが、馬に負担をかけない騎乗に、定評があり、特に京都コースの長距離戦のレース運び、馬に負担をかけない「スタンディング」技術などを野平祐二は絶賛・・・

同じ長身騎手の田原成貴も邦彦の騎乗技術を参考にしたようだ・・・

豊にも邦彦の騎乗技術が受け継がれているところも・・・

野平祐二や保田隆芳の「モンキー乗り」とは違う馬に負担をかけない騎乗だった・・・

苦手なタイプの馬に力の強い暴れ馬を挙げ、その代表としてキタノカチドキを挙げている・・・



■人間性と武豊・福永洋一の関係

非常にスマートで都会的、馬の扱いと同様に物腰が柔らかく、騎手としては172センチの長身で女性にもモテた・・・

仲の良かった福永洋一も邦彦の人間性を絶賛しており、感情の起伏の少ない人だったようだ・・・

当初は、豊は武邦彦の息子」と呼ばれたが、豊が頭角を出し「天才騎手」といわれるようになると、「武豊の父」と邦彦が呼ばれるように・・・

邦彦は、現代の恵まれた騎乗環境を指摘し、現在ならもっと勝てるといい、豊もそのことを認める発言も・・・

福永洋一とは、年齢差が10歳あったが、非常に気が合い、福永の落馬事故後も交流が続いた・・・


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■年度別成績
7679戦1163勝、重賞80勝(うち八大競走8勝)
年  区分 勝利数 勝率 連帯律 主な勝ち
1957 平地 .079 .111  
  障害 .091 。182  
1958 平地 .136 .227  
  障害 .113 .226  
1959 平地 18 .123 .219   
  障害 11 .169 .354   
1960 平地 26 .148 .295  
  障害 .059  .294   
1961 平地 25 .159 .297  
  障害 .200 .200   
1962 平地 22 .113 .215   
  障害 .000 .000  
1963 平地 35 .167 .278   
1964 平地 42 .154 .268  
1965 平地 45 .187 .330  
1966 平地 47 .142 .282  
1967 平地 49 .168 .298  
1968 平地 77 .188 .291   
1969 平地 79 .159 .284  
1970  平地 63 .170 .280  
1971 平地 32 .114 .264   
1972 平地 68 .205 .341 桜花賞。日本ダービー
1973 平地 70 .190 .309  菊花賞
1974 平地 52 .186 .318 桜花賞、皐月賞。菊花賞
1975 平地 42 .183 .300  
1976 平地 38 .169 .324  有馬記念
1977 平地 48 .176 .297  菊花賞
1978 平地 39 .119 .303   
1979 平地 47 .138 .276  
1980 平地 54 .160 .284  
1981 平地 37 .117 .219  
1982 平地 28 .099 .188  
1983 平地 27 .115 .252  
1984 平地 16 .074 .203  
1985 平地 .075 .200  
   
平地 1141 .152 。278  
障害 22 .136 。270  
総計 1163 .151 。278  



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