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釋迦ヶ嶽雲右エ門
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釋迦嶽雲右エ門■巨人力士にして強豪

釋迦ヶ嶽 雲右エ門(しゃかがたけ くもえもん)
本名・天野 久富〜出身地・鳥取県〜身長227cm、体重180kg
生没年月日・寛延2(1749)年−安永4(1775)年2月14日〜現役死
最高位・大関
■コメント
身長227cm、体重180kgという巨人力士で、出場4場所で優勝相当3回と実力もありました。
最初は大坂で大鳥井の名で看板大関として登場しましたが、明和7(1770)年11月に江戸で釋迦ヶ嶽の名で看板大関として番付に登場しています。

ただし実力もあったことから相撲も取っています。
巨人力士で実力がありましたから注目され、彼の周りに人だかりができると、ひときわ高く馬上の人と思われましたが、人がはけると
釋迦ヶ嶽が立っていたということです。

茶店での支払いを店先から2階で行ったという巨人力士らしい逸話もあります。

安永4年2月に現役死していますが、元来顔色が悪く、目が澱み鳩の目のようだったと伝わり、持病もあったのかもしれませんが、常に人に囲まれ、注目されたことを気に病んでいたといわれ、一種のノイローゼも彼の死に関係しているのかもしれません。

達ヶ関(後の谷風梶之助)にも勝っており、間違いなく強豪といえると思います。(対戦成績1勝1敗1分)
■通算成績
場所 番付 成績 星取表 優勝 備考
明和7(1779)年11月 東大関 6勝1預1休 休○○○○○預○ (1)  
明和8(1771)年3月 西大関 6勝1敗1休 ○○○○○○●休 (2)  
           
安永元(1772)年11月 東関脇 5勝2敗1休 ○○○○●○●休    
安永2(1773)年閏3月 東関脇 6勝1分1休 ○○○○○○休分 (3)  
安永2(1773)年10月 東関脇 8休 休休休休休休休休    
安永3(1774)年4月 東関脇 8休 休休休休休休休休    
 通算成績 6場所 23勝3敗1分1預20休 勝率8割8分5厘 優勝相当3回

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